第7回 四谷の「凡」は、平凡じゃない。

継ぎ目のない、この長い鉄板が四谷「凡」のすべてを物語る。

 

もちろんボクはこの鉄板の上で

うやうやしく焼かれる広島お好み焼をいただくのが常だが、

ある「凡」マニアは、肉しかり魚介しかりの

上質なフレンチシェフにも劣らないお手並みが見事とおっしゃる。

主、石松さんのコテさばきを目の当たりにすれば

その表現はけっしてオーバーとも云えない。

底冷えのする夜に、シミひとつない、長年にわたり使い込まれ

磨き上げられた黒光りする鉄板の上で最初に焼いてもらったのは

広島は江波から直送の「牡蠣の磯焼き」だった。

昆布を下に敷き、ただ牡蠣を焼くだけ。一瞬、瀬戸内の汐風が吹く。

次はご存知とん平焼。カリカリになるまで豚肉を焼き、

コテで細かく切り分け整え、その上にとろーり目玉をのせる。

絶妙、「凡」だけのとん平焼。

癖がないというか、素材の素直なうまみと香りが楽しめ、

風味がさらりと残る。軽やかに次へと箸、いやコテと杯が進んでいく。

 

 

店を構えて22年。この鮮やかな仕事を見たさに

東京在住の広島出身者のみならずわざわざ広島からもやって来るらしい。

本場広島を超えている?もちろん広島人だけではない、

この店の彼のファンは幅広い。

察するに今のスタイルの広島流お好み焼を東京に広めたのは、この石松さん?

大人が夜ゆっくりお酒を飲みながらお好み焼、なんて最近だもの。

 

「凡」で修行したと云う人にも会う。

それだけ誇りに持てるからだろうが、

味はともかく、お好み焼への探究心こそ見習ってほしい。

広島お好み焼をディナーとして食べるスタイルは店それぞれにあっていい。

肝心要のお好み焼が「凡」ではなく平凡な店が多いように感じる。

あるいは凝りすぎ、奇をてらい過ぎ?

ラーメンの豚骨ダシと同様に

ギトギトの初めはいいがすぐにしつこくなるのには閉口する。

年のせいだけではないな。ここではお替わりもあるからね。

その秘密がわかった。驚いたことに「凡」では素材から出て来る油以外は

油はほとんど使われていない。

それでもあの艶やかな味わいが生まれるんだ!!

広島焼の素朴さは守りながらなお進化している。

さすがである。

美しいお好み焼である。

さらに云うなら爽やかなお好み焼である。

今夜はお好み焼関係者の会でもあり、一人大食漢がおり、

豚玉に山芋焼き、さらに焼きそばまで軽々と到達した。

うれしかった。

ジャケットにもコートにも

油の匂いがついていなかった

若山憲二


四谷「凡」