第5回 ケレン味、なし。丸の内 きじ。

以前勤めていた会社があった丸の内の東京ビルが建て替えられて、

トキアになってもう6年になる。

その地下にある、人気ナンバー1店が

お好み焼のきじ。

開店当時から今なお、待ちの列が続く店。

多くのメディアで紹介されており、今更ボクが書くこともないのだが。

ここにおじゃまする時は、必ず平日の夕方5時15分前に並ぶ。

その時間は、まだ列は短い。

そこまでしていく理由がこの店にはある。

まずメニュー。よけいなものがない。

酒のあてには、牛筋の煮込み一点。

後はすべてお好み焼とやきそばという潔さだ。

正統、正調、ただ大阪の佳きお好み焼を食べたいから行く。

少しだけ並べば、お目当てのオーナー、戸田さんの焼く鉄板の前の席が確保できる。

きじのお好み焼は、彼の心意気そのものだ。

この日いただいたお好み焼は、生まれて初めてのおいしさだった。

豚玉のポン酢味。見ての通り、お好みのトッピングが驚き。

キャベツやキュウリ、人参などの浅漬けがのせられている。

さくさく、スッキリ、うーん、うまく言えないのだが

お好みでこの食感はあり得なかった。

どうですか?と戸田さん、にっこり。う、うまい!としか

口にできない自分も情けないが、そうとしか言えなかった。

たぶん夏限定のお好み焼。

きじのおいしさの秘密は?ボクは大きなボールにあると思う。

焼き手の戸田さんがいつも抱きかかえるようにして、

中に入った具材を優しく、まるで赤ちゃんをあやすかのように

混ぜ合わせている。きっとこのとき、おいしいお好みになれよ、と

話しかけいるんじゃないかな。ニコニコと。

その後、ほどよく混ぜ合わせられた具材は、熱い鉄板の上にのせられ

トッピングされ、焼かれ、ソースで仕上げられていくのだが、

ソースも最後のお化粧の仕上げをされるかのごとく、

繊細にていねいに掃かれる、である。

こうした一部始終を見られる幸運、

これからいただくお好みのおいしさを確信するとき。

戸田さんは去年の夏、ソルトコンソーシアムを経営する井上盛夫さんに

紹介いただいて以来のおつきあいだ。

まだそれほど長くはないのだが、お会いするたびに

すごいと思う。年齢は30歳そこそこと聞いている、若い。

眼鏡をかけたイケメン。白い、清潔そのもののコック帽子にウエアー。

ふだんも隙のない、好漢ダンディ。

それが店の有り様にも反映されている。

写真の鉄板の上におかれたガラスのしきり板。

お客に油が散らないように考えられたものだ。これも

初めて見た。ほんとうに隅ズミまで行き届いている。

テーブル席にはもちろん鉄板が用意されている。

この鉄板の温度が絶妙にキープされており、ほんとうに

焼きたての状態で最後まで味わえるように工夫されているのだ。

大阪梅田のきじで10年修行され、東京に出店された。

東京のきじは戸田さんがオーナーである。

言葉は悪いが、やりてである。できる人。

話していても飽きない。納得、畑は違うが教えられる。

スタッフもいい。メインの人たちはみんな大阪から

一緒に出てこられたという。

きじの人気はますます高まるばかり、衰えることを知らないだろう。

品川に早くも次の店をだされた。

しかしそれ以上は、味を守るにはもう無理かな、とも。

8月の第一週、きじはアークヒルズのお好み焼祭りに出店してくれる。

戸田さん自ら焼いてくれる。

楽しみ。

若山憲二


丸の内 「きじ」